21 魔法と鉄
第二十一話 魔法と鉄
復相した瞬間、正面が赤く染まった。
涜船エグジラの地平から、数え切れないマナ砲が立ち上がっている。星の表面がこちらへ牙を剥き、その一本一本が艦隊の復相位置へ収束していた。
待ち伏せとしては正しい。
こちらも、承知の上で来た。
「正面障壁、展開」
通信へ命じるより早く、灰色の艦橋窓を白い光が横切った。
幻想公司の魔法少女たちが、統合艦隊の前へ滑り込む。十六名。広がりすぎず、互いの術式を重ねられる距離を保ったまま、杖や剣や、あるいは指輪をエグジラへ向けた。
それぞれ形の違う魔法陣が、一つの円へ繋がる。
花弁のように幾重にも重なった障壁へ、赤紫の砲撃が突き刺さった。
艦橋が暗くなる。
防眩処理を通してなお、光が目の奥へ残った。
「障壁外縁、飽和!」
「中央は」
「維持しています。拡散開始」
白い円がたわみ、受け止めた砲撃を外側へ流す。
直撃を止め続ければ、十秒ともたない。あれは艦砲ではない。エグジラの地表、循環器、培養層に蓄えられたマナを、星そのものの口から吐き出している。
だから、魔法少女隊は止めなかった。
砲撃の収束だけを崩し、艦隊の左右へ逸らした。
赤紫の奔流が隊列の間を抜ける。右舷の護衛艦が外縁へ触れ、装甲を一層持っていかれた。
「三番艦、被害軽微。航行継続」
「軽微の基準をあとで問い直す。今は前進」
私は座席の肘掛けを握ったまま、正面表示を見据えた。
艦隊とエグジラの距離は、通常砲撃には遠く、マナ砲には十分な加速距離だった。
ならば、届く前に撃たせなければいい。
「第一砲列、魔法少女隊の散開に合わせろ。目標、外郭砲台群。通常榴弾」
『包絡弾を使わないのか』
「まだ早い。高い弾だ。高いものには、高いものにしかできない仕事をさせる」
砲術長が短く笑った。
アレス艦の砲門が開く。
魔法少女隊が障壁を左右へ割った。開いた中央を、実体砲弾が通過する。
電磁加速で押し出された金属塊が、射出時の速度と質量を保ったまま通常空間を横切っていく。
最初の一斉射がエグジラの地表へ落ちた。
生体障壁が赤紫に膨らみ、砲弾を弾こうとする。先頭の数発は止まった。潰れた弾体が障壁の表面を滑り、外郭の谷へ落ちていく。
その後ろから、次が来る。
同じ場所へ。
さらに次が。
何十トンもの金属を同じ一点へ押しつけられ、赤紫の面がゆっくりと窪んだ。
「幻想公司、射線形成」
若い女の声が返る。
『形成済み。いつでもどうぞ』
白い障壁を張っていた魔法少女たちの半数が、攻撃へ切り替えた。
杖の先、掌、固体化した弓。
異なる形に集められたマナが、艦隊の砲撃で窪んだ一点へ放たれる。長い射線で加速した魔法が、生体障壁へ突き刺さった。
赤紫の面が裂けた。
障壁を失った砲台へ、二射目の実体弾が届く。
装甲を砕き、砲身を根元から折り、内部の生体組織へ金属片を撒き散らした。爆発より先に砲台が痙攣し、その上で遅れて炎が上がる。
「敵砲台、正面区画の二割が沈黙」
「まだ二割だ。強襲艇を前へ」
『了解!』
低い声とともに、艦隊の下から楔形の艇が抜けていく。
分厚い装甲に短い翼、先端には構造物へ突き刺すための包絡杭。飛ぶ姿は優雅とは言い難い。幻想公司の魔法少女が白や桃色の軌跡を引く横で、強襲艇は噴射剤を撒き、機体を細かく震わせながら前へ進む。
あれでいい。美しく飛ぶための艇ではなく、敵地へ穴を開け、その穴から兵士を吐き出すための鉄塊だ。
エグジラの上空から、黒い群れが湧いた。
ワイバーン、ハーピィ、人に近い輪郭のサキュバスまで混じっている。
外郭のあちこちから羽ばたきが重なり、強襲艇へ向かってくる。先行するワイバーンは口内へマナを集め、後方の個体は距離を取り、飛翔中の加速を稼ごうとしていた。
『護衛隊、迎撃します』
「近づきすぎるな。艇の装甲を信じろ」
『ですが』
「遠い敵を頼む。近い敵は、こちらの仕事だ」
魔法少女隊が高度を上げる。
強襲艇の側面へ寄っていた白い光が離れ、ワイバーン群のさらに外へ回った。追いかけようとした生体兵器へ、遠距離から魔法が撃ち込まれる。
初速の遅い光を、ワイバーンは翼を折って避けた。
避けた先で光が加速する。魔法少女たちは回避後の姿勢と進路を読み、最初からそこへ撃っていた。
三体が翼を貫かれ、外郭へ落ちる。
残った群れは射線を切るため、強襲艇へ接近した。
近づいた群れへ、灰色の艇体から短い砲身がせり出す。
機関砲が火を噴いた。
通常弾のタングステン鋼が、至近距離の群れへ先に届く。
ワイバーンの胸が連続して弾けた。翼膜へ穴が開き、骨が折れる。
マナ障壁を張った一体には弾丸が弾かれたが、撃ち続けるうちに半透明の面が後ろへ押され、巨体ごと姿勢を崩した。
そこへ、上空から白い槍が落ちる。
障壁ではなく、露出した首を貫いた。
『一体、いただきました』
「共同撃墜だ。戦果表で喧嘩をするな」
『では半分ずつで』
「面倒な記録を増やすな」
通信の向こうで笑い声がした。
若い。
コーポ・アレスの司令たる私が会議で出撃を止めたカワイイスパイスより、さらに若い者もいる。
笑わせている場合ではないと思う。
だが、黙らせる理由もなかった。
彼女たちは怖がっている。アレスの兵士も同じだ。声を出せる者が声を出し、手を動かせる者が次の仕事をする。
戦場で必要なのは、恐怖がないことではない。
恐怖のあとに、何をするか決めてあることだ。
強襲艇の一番機が、外郭障壁へ到達した。
先端の杭を射出する。
杭の周囲へ薄いマナ包絡が形成され、赤紫の障壁へ沈んだ。艇の推進器が最大出力へ上がり、包絡杭を通して機体の全質量を押し込む。
障壁が撓む。
……しかし、割れない!
「一番機、角度が浅い。右へ七度」
『修正不能。推進器を止めたら押し戻される』
「魔法少女隊、足場を」
返事の代わりに、桃色の線が走った。
一番機の右舷後方へ魔法陣が現れる。反発面が斜めに固定され、噴射炎を受け止めた。
艇体が、ほんの少しだけ左へ滑る。
杭の角度が変わった。
「今だ、押せ!」
強襲艇が唸る。
金属の船首が赤紫の面へめり込み、杭の包絡が障壁の内側で崩れた。復相衝撃が接触面の奥で開き、外郭を覆う膜が円形に吹き飛ぶ。
艇は止まらない。
障壁の向こうにあった装甲大地へ突き刺さり、船首を潰しながら百メートル近く進んだ。固定爪が左右へ射出され、外殻の溝へ食い込む。
『一番機、接岸』
艇体の腹が開いた。
重装歩兵が降りる。
魔法少女のように飛ばない。分厚い装甲を着込み、磁着靴で一歩ずつ外郭へ立つ。先頭は大型盾を並べ、その間から小銃と散弾砲を突き出した。
上空からハーピィが急降下する。
魔法少女の障壁が、兵士たちの頭上へ展開された。
爪とマナ弾を受け、白い面が揺れる。
その下で重装歩兵は止まらない。外郭の隆起へ爆薬を貼り、退避し、厚い生体装甲を内側へ吹き飛ばした。
開いた穴へ、別の魔法少女が長い火線を通す。
魔法だけでは、敵の突撃に押し潰される。
鉄だけでは、マナ砲の雨へ近づけない。
どちらが上でもない。
互いがいなければ届かなかった場所へ、今は手が届いている。
「二番機、三番機、接岸。救助路の確保を開始」
「内部誘導は」
「潜入員のビーコンを二基確認。一基は保守港、一基は中央塔寄りです」
ルノフェット・ラビットイヤー。
密偵の名を思い出す。誘拐以前から敵地へ潜り、救出対象を保守港まで運んだ男だ。
彼から最後に届いた短文は、任務完了の報告だった。
“黑入鹿いおど、ほか三名、引き渡し完了”
救護艇への収容確認後、帰還命令も送ってある。
返答はまだない。
「中央塔の反応は?」
「カワイイスパイスの追跡術式、生存を維持。ピュリファイアの反応と重なっています」
「二人まとめて回収する。中枢への突入路を急げ」
言った直後、エグジラの表面が大きく脈打った。
地平に沿って走っていた赤紫の血管が、一本ずつ明るくなる。
砲台ではない。
山脈に見えていた構造そのものが開き、内側から巨大な砲腔が露出した。直径だけで強襲艇が何隻も入る。砲口の周囲で外郭都市の照明が消え、培養層の生体反応が一斉に低下した。
星中のマナを吸い上げている。
「母船生体砲、起動!」
「標的は」
「旗艦です」
艦橋の正面へ、赤紫の円が向いた。
魔法少女隊が戻ってくる。
白い障壁が何層も重なったが、先ほどの外郭砲とは規模が違う。受ければ障壁だけでは済まない。後ろの艦ごと、通常空間との接続を裂かれる。
「全艦、射線上から退避」
「間に合いません」
「分かっている。だから撃つ」
私は砲術長を見る。
彼はもう、装填指示を出していた。
主砲弾倉の一番奥。
何重もの安全装置に囲まれた黒い弾体が、搬送路へ上がってくる。
通常砲弾の十倍以上の価格。
製造に三か月。
保管中にも技術者が二人付き、包絡不全を監視する。
「破裂包絡砲弾、装填」
「復相深度を」
「障壁の表面ではない。内側へ八メートル。母船砲の収束膜と外郭障壁の間へ置け」
「誤差限界を超えます」
「幻想公司に測らせろ。あちらは、そのために目を開いている」
通信が繋がる。
『位相観測、引き受けます』
さっきの若い女の声だった。
息が荒い。障壁を維持しながら、母船砲のマナ場を読んでいる。
『外郭障壁、表面座標を送信。内部に収束膜。厚さは変動しています』
「撃てる窓は」
『二・四秒後から、〇・六秒』
「短いな」
『長くしろと、敵へお願いしてみます?』
「却下だ。〇・六秒で足りる」
主砲の照準が動く。
母船砲へ赤紫の光が集まり、空間が歪んだ。艦橋の警報が重なり、正面障壁の魔法少女たちが押し戻される。
まだ撃たれていない。
集束だけで、こちらのマナ場が引かれている。
「位相情報、受領」
「主砲、最終安全装置解除」
「発射窓まで、三。二。一」
魔法少女隊が、障壁の中央へ細い穴を開けた。
「撃て」
艦が後ろへ沈む。
主砲から放たれた黒い弾体が、白い障壁の穴を通過した。
母船砲が光る。赤紫の奔流が発射されるより、わずかに早く、包絡砲弾がエグジラの障壁へ触れた。
衝突せず、弾体の輪郭が薄れて表面をすり抜ける。
八メートル。外郭障壁と、母船砲を収束させる膜の間で通常相へ戻った。
復相衝撃が障壁の内側を殴る。
位相剪断が円形に走り、赤紫の膜を裏から引き裂いた。支えを失った砲撃の収束が崩れ、放たれるはずだったマナが砲腔の内部へ逆流する。
山脈が持ち上がった。
エグジラの地表が内側から膨らみ、何百キロもの亀裂を走らせる。遅れて赤紫の光が噴き出し、宇宙へ巨大な火柱を作った。
艦橋へ衝撃が届く。
座席が軋み、表示窓の半分が消えた。
それでも旗艦は残っている。
正面障壁も、薄くなりながら形を保っていた。
『母船生体砲、沈黙』
魔法少女の声が、今度は笑わなかった。
私は肘掛けから手を離す。
指が痛むほど握っていたことに、そこで気づいた。
「こちらも共同撃破だ」
『半分ずつ?』
「戦果表へ一行で書け。幻想公司、コーポ・アレス共同」
『了解』
外郭の三か所で、強襲艇から降りた部隊が前進している。
白い障壁の下を、灰色の装甲が進む。
重装歩兵が開けた穴へ、魔法が通る。
戦線は止まっていない。
エグジラはまだ大きい。こちらが砕いたのは、星の表皮の一部にすぎない。内部には無数の生体兵器と、命令に繋がれた実験体がいる。
勝った顔をするには早すぎる。
「敵内部からの通信、増大」
「暗号は」
「ルノフェットの観測鍵で一部を傍受及び解読できます。中央命令系から、培養区画および兵員区画へ一斉送信」
通信士の声が止まった。
「読め」
「……脱走中の実験体を全処分。敵性へ移行した個体を含め、回収は不要」
救出対象が一人ではないことは、分かっていた。
いおどと一緒に運ばれた三人。
カワイイスパイスが通過した培養区画。
ルノフェットが報告へ残した、西第七区画の生存者。
そして、命令を受けて戦っている者たち。
「個別命令を検出」
「対象は」
「識別名、琴織此希。……コーポ・アレスに登録なし。外部制御を再接続。脱走個体の処分を命令されています」
表示窓へ、一人の女が映った。
黒い帽子にリボルバー。首輪からは、細い管が伸びている。
彼女の前を、傷ついた実験体たちが逃げている。
此希は銃を上げた。
銃口が、逃げる背中へ向く。
「ルノフェットへ伝えろ」
「帰還命令は送信済みです」
「上書きする。内部誘導ビーコンの維持、処分命令の中継点特定、生存者の救助路確保」
通信士がこちらを見る。
「帰還ではなく、再侵入命令ですか」
「違う」
救護艇への引き渡しを終えた時点で、彼の任務は完了している。
今から中へ戻れと命じれば、それは命令した側の責任になる。必要だからといって、帰ってきた兵士をこちらの都合でもう一度敵地へ投げ込んでよいわけではない。
私は短く息を吐いた。
「状況だけ送れ。判断は本人へ委ねる」
暗号通信が、エグジラ内部へ放たれた。
返答を待つ間にも、此希の指が引き金へかかる。
ルノフェットからの帰還報告は、まだ届かない。
代わりに、保守港の奥で一つのビーコンが動き始めた。
救護艇から遠ざかり、エグジラの中へ戻っていく。